おすしブログ

お寿司ブログではないです

ポストモダン日記1

深呼吸をしているとき銀色のハエが僕の口元の近くを通ったので、肺の中に一匹の昆虫が住みついてしまった。家に帰って(その時は白紙のチラシのポスティングをしていた)蜂蜜生姜湯で何度もうがいをしたが、肺まで届くことなく、一通りむせたあと、座り込んだ。

そうこうしているうちに日が沈んだので、否応なく鍋に水を入れ火をかける。ありったけの鶏肉に大きく切った青ネギを大量に入れて、火をかけた。ぐつぐつと言いはじめると火を極限まで弱くして、部屋に戻ってパソコンを開いた。

「ハエ 肺 取り除く」で検索すると肺の寄生虫感染症の症例が少しと、害虫駆除の広告が出てきただけで、巨大企業googleの底を知った。じっとしていると肺の底から羽音が時折聞こえてきてあまりにも不快なので、ヘッドホンをつけて大きな音でフランスの老舗演歌を流した。エディットピアフの歌声にいつもより心震え、陶酔しようとしているときに、肺の中のあいつも震えだして、ハエにも音楽はわかるんだと確信して、ヘッドホンを外した。

鍋から煮汁が吹き出し、じゅじゅっと火が消える音がするので急いで台所にいき、苛立ちまかせにニンニクと生姜のチューブを握り、さらに目分量の鶏ガラ粉末を加えて放置した。

部屋の窓はほんのりと曇ってきて、未だ冬の趣を残している。もうひとつきで4月になってフレッシュマンでそこらが溢れると考えると、冷えた手足も少し象徴的なひもじさとも言える。

ふと思い立って息を止めてみた。肺のハエにも肺がある。同じく生物、酸素を求めて生きている。僕は顔を赤くしてい30秒、横隔膜を静止させる。するとハエの横隔膜は激しく動き、ぶんぶんと飛び回る。

肺の中で手裏剣が飛び交うような激痛が走ったが、すぐに止んだ。酸素を使い切ったハエは省エネルギーモードになったようだ。

ぼくは視界がぼやけるのを感じながらも完全にハエを殺してやろうと息を止めた。

やがて視界は暗くなって、夜だなぁと思った。外は赤くて寒そうだった。ぼくはそのまま横になって手で口を押さえて眠った。うっすらと夢を見た。ぼくは僕の肺の中にいて、デフォルメされたハエと対峙していた。ハエは僕くらいの大きさがあり、僕の腰くらいの高さまで浮いていた。ぼくは右手にグレッチを持っていてそれで思いっきりハエをぶった。

ハエの目は完全な球体で、その一瞬の間にやりすぎたと思った。しかしグレッチは相当に重たくハエは地面に叩きつけられ、風船のように破れた。

ぼくはまた台所に走って行き、菜箸で鍋を引っ掻きまわし、火を切って百均で買った象にペンギンが乗っている深皿に肉をよそった。激熱の肉をそのまま口に放り込み、ほとんど噛まないうちに飲み込んで、食道を流れていくマグマにのたうち回った。

そのとき机の角で頭を打って、幼稚園児のときに教室で転んだことを思い出した。若い女性の先生と病院に行き、唇を3針縫ってもらった。あのとき先生と待合室に呼ばれるまで座っていたが、何も話さなかった気がする。痛くて泣いていたのかもしれない。そんな覚えはないのだけれど、確かに先生は遠い目をしていた。

ぼくは頭を抱えながら、ごめんなさい!と叫んでしばらく静かにしていた。思いっきり咳き込んだらハエが口から飛び出してきて、床に落ちた。ピクリともしないハエを見ながら、僕はハエが頑張って自ら外に出ようとしていたことを悟った。もう少し待てばよかった。待合室には誰もいなかった。先生の車は新車の匂いがした。シートベルトを両手でギュッと握って足元を見ていた。唇はズキズキしていた。