おすしブログ

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台風について


 電車が止まったので、二十年前のことをゆっくり思い出してみた。台風で小学校が休みになった時の嬉しさは中々のものだった。そんなに学校が嫌いだったわけでは勿論ない。休む自由は保障されているけれど、みんなで一緒に休むというのが、なんとなく心を落ち着かせ踊らせた。
 足の悪い女の子がいた。両脚に装具をつけていた。今になっても身体のどこが悪くてそうなっていたかはわからない。単純に脚だけの問題ではなさそうと感じていたが、誰も深入りせず、誰も深入りしたいとも思っていなかった。その女の子は声が小さかったけれど、言いたいことは言っているように見えた。足が悪くて卑屈になっているように感じなかったけど、大人になっても彼女の心の中はわからなかったとも思う。
 その女の子は痩せていて、とても顔が小さかった。肌がとても綺麗だったのを覚えている。彼女とはほとんど話をした覚えがない。僕の名前を覚えているだろうか。僕は彼女の名前を覚えている。
 僕はその女の子のことを可愛いと思っていたので、足が悪いのが可哀想だと思っていた。せっかくかわいいのに、と思っていた。それってどうなんだろうと今は思う。時間があるので考えてみたけれど、僕がそう感じたことのどこがいけないのか、うまく説明できなかった。ただただ彼女という存在に憧れて、彼女を苦しめうるものを憎んでいたのかもしれない。僕は彼女に恋をしていたというわけではなかった。僕には別に好きな女の子がいた。僕は足が悪い女の子を見るたびに、何とも言えない悲しさを感じていた。


 ある台風の日に学校が午前でおしまいになった。その日は一日休みになると思っていたが、夜から大雨ということで給食の前に宣言された。みんな嬉しくていつもより給食が賑やかだった。雨は降っていなかったが、風はとても強かった。僕らは風を楽しみながら倍の時間をかけて家に帰った。
 

 次の日学校は午前中だけ休みになった。その女の子は午後からも来なかった。その次の日、彼女は片膝に包帯を巻いて、杖をついて学校にきた。「風が強くて…」と言っているのを聞いた。僕はその日から台風で学校が休みになっても、喜ばないようにした。休めることは嬉しい。けど、喜んではいけないような気がした。
 僕の知らないところで想像もつかない恐怖がある。そのことが怖かった。
 会社には大幅に遅刻をしたけれど、僕は必死にその分を取り戻した。僕はベランダのサボテンをちゃんと部屋に入れてきたかどうか何回も思い出して確認した。