おすしブログ

お寿司ブログではないです

おばけが出たら

1ヶ月間だけ新しい病院で働く。

山と山に囲まれた町。夜はとても暗い。初日は天気が悪かった。霧のように細かい雨が降って、ときどき風が強く吹いていた。

正面玄関から入って僕はおろおろして、見兼ねた職員が僕を医療事務課に案内して、医療事務課でまたおろおろしていたら医療事務課の人も首を傾げていて気まずかった。そこで医療事務課のおばさんはかけるべきところに電話をしてくれて、会うべき人が僕を迎えにきてくれた。まるで迷子の仔猫になった気分で、迎えに来てくれたお姉さんは制帽を被ったダックスフンドに見えた。

街は暗いが、タクシーの運転手も本屋、ドラッグストアの会計もみんな優しかった。みんなとても丁寧だった。ビジネスホテルの夜にフロントに、明日タクシーを手配してほしいと言っただけなのに、10万円あげますと言ったかのごとく歓迎された。タクシーは言った時間の5分前に来た。僕はせっかちなので15分前から待っていた。

ホテルのフロントで、隣にあるレストランのドリンク一杯無料券をもらった。せっかくなので行ってみることにして生ビールをご馳走になった。一人で外食したことがほとんどない。片手で数えられるほど。一人で外で酒を飲んだのは人生で初めてだった。美味しいと思えなかった。今後酒を一人で飲むことはないだろう。

田舎の病院だから夜勤をしている人が少ないため、夜は本当に静か。救急車もそんなには来ない。僕は病院の当直医が泊まる四畳半ほどの部屋で寝泊まりする。テレビと冷蔵庫とベッドがあって、机がない。ベッドの布団は明らかに薄っぺらくて暖房がなければ本州の人間は皆死んでしまうだろう。暖房をかけると部屋はとてつもなく乾燥していき、鼻腔粘膜が痛くなってくる。びしゃびしゃのタオルを2枚ハンガーにかけて部屋の対角線に吊るしたが、気休めにしかならない。早く帰りたい、とシンプルに思う。

田舎の病院特有のクリーム色の内装。黄ばんでるのだろうか。ピンクや水色が独特のクリーミーさがある。わかるだろうか、あの昭和感のある質感。年々、彩度が落ちていったのか、それとも建設当時の最先端をいっていたのか。

なんともお化けがでそうな雰囲気がある。階段は暗くて、病棟も暗い。そして当直室のような人が頻繁に出入りしない端っこは真っ暗だ。小学生の頃はお化けを異常に恐れていた。そしてお化けの夢をよく見た。寝相の悪かった僕は、冬に布団を蹴り飛ばして凍えていて、そういう時にしっかり悪夢を見た。ホラー作家の巨匠になれるんじゃないかと思うくらい、絶妙に怖い夢をみた。それはシンプルにお化けが襲ってくるといったものではなく、人の異常なる憤怒や豹変といった、心に焼き付くタイプの妙なリアリティがあった。時にシンプルに日本人形のようなお化けが廊下に立っている夢を見たことがあった。大抵悪夢をみたら僕はトイレに行って用を足して戻ってきて寝る。膀胱を空にすることが意外と重要であった。しかしトイレに行くまでの廊下に日本人形お化け少女が立っていたので、僕はトイレに行けず夜を明かすことになる。鳥がさえずり、新聞配達のカブのエンジン音が聞こえた時、安堵に胸を撫で下ろして、ようやく眠ることができた。

いつのまにかお化けに対する苦手意識は段々と薄れていった。もちろん今でも怖いけれど、お化けが我々を怖がらせようと思っているかどうかが大事なのだ。お化けと対話できる可能性があれば、それはそれで貴重な経験になるかもしれない。お化けが出たらまずすべきことは、叫ぶことでも恐怖に固まることでも十字を切ることでもない。まず挨拶なのである。こんばんは、はじめまして。えぇ、はじめてじゃないんですか?いつも見てくださってる…ありがとうございます…